72歳

この夏親と2年ぶりに会った。70の齢を過ぎると人もだんだん痩せ随分小さくなったような印象はぬぐえない。

「これが老いるということなのだ」と自分に言い聞かせつつ寂しい思いを隠しきれないが、もっと寂しいのは親の内面と向き合うとき考える力や意欲といったものが徐々に希薄になってきているという現実を受け止めねばならないことである。

そんな親の老いに幾分茫然としながらこの夏TVなど見ていたが二人の人間が父と同年齢ということを知り更に気分的に追い討ちをかけられたような気がした。ひとりは甲子園で優勝した常総学院の木内監督、そしてもうひとりが高倉健である。

健さんについては最近とんとブラウン管にも姿を現さぬので実際の姿は分からぬが、木内監督の顔など見ているとやはり世間一般のおじいちゃんとは違うと思う。いかにも一筋縄ではいかぬ勝負師の飄々たる風貌である。

一体齢を重ねたとき、その人の「面構え」を作るもとになるのはなんであろうか。コツコツ誠実に生きた生き様だけであろうか。現実の中で常にもがき、より高みを望む意志や執着心であろうか。

穏やかかもしれぬ老境への路を確実に歩みつつある親と時間を共有しながらうまくは表現できぬが色々な意味で覚醒の夏でもあった。